脳・神経系の誤作動Ⅱ

【痛み学入門講座】「急性痛」と「慢性痛」…イライラ続く患者さんへ

                                   4月15日産経新聞朝刊掲載

 痛みは大きく「急性痛」と「慢性痛」に分類される。包丁で指を切ったり、やけどを負ったときなどに起こる急性痛は、身の回りのさまざまな危険から私たちを守ってくれる“警告信号”であり、生理的な痛みといえる。一方で、私が従事するペインクリニックを訪れる患者さんを悩ませ続けている慢性痛は、必要のない病理としての痛みなのである。不必要な警告信号が鳴り続けているだけで、「百害あって一利なし」である。

 

 急性痛を「痛みの原因がなくなれば、消える痛み」とすると、慢性痛は「痛みの原因がなくなっても、消えない痛み」と考えれば理解しやすい。したがって、急性痛が長期間にわたって続いても、それは慢性痛ではない。痛みの原因がなくなっていない場合の痛み(関節リウマチによる痛みなど)は急性痛なのである。

 

 慢性痛は、末梢(まっしょう)神経や中枢(ちゅうすう)神経系への持続的な刺激、さらには自律神経系の異常などによって発生するが、端的に言えば痛みに対する感受性が強くなっている(「感作された」と表現する)状態である。(注1)

 痛みは食欲不振、意欲の低下、不眠などを引き起こし、人はイライラとしたり、怒りっぽくなってしまう。自分の殻の中に閉じこもってしまうことだってあるだろう。これらのことから、慢性痛は単なる病気の症状のひとつではなく、それ自体が独立した症候群と考えた方がいい

 

 滋賀医科大学の福井聖教授は、機能的MRIなどを用いた脳機能画像を分析し、慢性痛の患者さんでは、中脳辺縁系(脳の中央にあり、「報酬回路」「快の情動系」と考えられている部位。報酬が期待できる場合に活性化し、快く感じる系として発達した)と大きく関係する「扁桃(へんとう)体」に質的な変化がみられるとしている。

 

 この扁桃体は不快、恐怖、不安、怒りといった「マイナスの情動」の発現に中心的役割を担っている。したがって、慢性痛でみられる食欲や意欲の低下などは、このマイナスの情動によると考えられる。

 

 従来、痛みは病気の一症状、病気を治せば痛みも自然にとれるはずだと、考えられてきた。この勘違いこそが、慢性痛への対策を遅らせてきた大きな原因なのである。さらには慢性痛の原因はひとつではなく、さまざまな要因が組み合わさっていることが多く、元来の痛みに加えて不安や恐怖などの心理的因子がその病態をさらに複雑なものに変化させているので厄介だ。また、患者さんの性格や生活歴によっても訴える痛みの程度に違いがあることが、診断や治療法の選択を困難にしている。

 

 「迷える慢性痛患者さん」は、ペインクリニックも選択肢のひとつにしてほしい。

                           (近畿大学医学部麻酔科教授 森本昌宏)

 


世界では、常識といえる情報ですが、権威ある大学教授が情報発信してくださるのはありがたいことですね。いつまでも、神経を圧迫してだの、軟骨がすり減ってだの、歪みがだの、いってる場合じゃありませんからね。

 

注1 について解説しておきます。

 

1965年に、通常は痛みと感じない程度の刺激を皮膚に連続的に加えると、徐々に痛みを感じるという現象を研究していたMendellとWallは、皮膚の感覚受容器から脊髄に送られる信号は増加しないにもかかわらず、脳に送られる信号は増加していることを見いだしました。
 この現象はtemporal summation of second painまたは簡単にwind upと呼ばれ、中枢が疼痛の感度を増大する機能を持っていること示すものです。

 健康な人でもこのwind upは起きるのですが、顎関節症、線維筋痛症、慢性疲労症候群、原発性月経困難症、過敏性大腸炎では異常な痛み感度の増大が起きることが報告されています。そして、この異常なwind upを中枢感作と呼びます。これらの疾患では、普通は痛みと感じない程度の体の異常でも、強い痛みと感じられるようになるわけです。

 

  併せてこちらもご覧ください  

              当ホームページ 慢性痛の謎・脳神経系の誤作動

              当ブログ      脳・神経系の誤作動